自分に優しくするのはけっこう面倒

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私は寒い季節にはずっとレギンスを履いている。

今日はちょっと春めいた様子だったので、あったかタイプではなく、普通タイプのものを履いた。ところが、しばらくそのまま過ごしていると、どうも寒く感じる。

厚地のレギンスに履き替えるのは面倒だけど、これからの時間をずっと寒いのを我慢し続けるよりはいいか、と思い履き替えた。

確かに面倒だったけど、暖かくしたらさっきよりずっと快適。早く履き替えればよかった。

それに履き替える手間は1分もかからないこと。終わってしまえばなんてことはない。

 

コーヒーとクッキー

そのあと、緑茶を飲んでいたが、お湯も飲みたくなってきた。お茶はまだ残っていて、捨てるのはもったいないが、そのままにしてお湯を飲むなら、別のカップを用意しないといけない。

つまり、洗い物がひとつ増えて面倒。でも、お湯がほしいという気持ちを優先して新しいカップを使ってお湯を飲む。

美味しい。やっぱり飲んでよかったと思う。

 

自分から出る欲求をすべてかなえる必要なないのだろうが(むやみに食べたいとか、買いたいとか)、こんな風に日々の中でちょっとした自分の希望を、面倒がって無視していることってけっこうあるのかもしれない。

洋服を着替えるとか、カップをひとつ余分に洗うとか、たいした時間も手間もかからないのに。あと、ネットを見ててトイレをギリギリまで我慢したりとか。トイレを済ませてすっきりした状態で見た方が頭に入るのにね。

 

最近、自分に優しくしようとか、大切にしようとか本やネットでみかけるが、それには行動が伴うこともなるので以外に面倒だ。今日はゆっくり寝ていたい、という希望ならいいけど。

人のためならある程度時間や手間をかけられるのに、自分のこととなると後回しにすることもあるし。

特に最近、ミニマリストぷって買い物を控えたりしているので、欲しい洋服があるのにその欲求も無視しているような気もする。とは言え、まだお給料も出てないので、しばらくは買い物関係はしょうがない。

せめて、日々の小さな欲求くらいかなえてあげたい。

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