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人に喜んでもらうと嬉しいと、いまさら気づいた

 

ノートとペン

 

ここ数日で2回ほど、人に感謝されることがあった。

1回目は、駅の構内で年上の女性に「すみません、◯◯に行きたいんですが・・・」と聞かれたとき。電車も人も多い駅で、わかりにくくて困っていたのかもしれない。そこに、ぼんやりと私が歩いてきて、声を掛けやすかったのだろう。

どこから乗ればいいか教えたところ、「おいそがしいのにありがとうございます。本当に助かりました。」とこっちが恐縮するくらい感謝された。

2回目は、駅前広場のようなところでスマホを見ていたとき、30代くらいの男性に声をかけられた。一緒にいる友人と二人の写真を撮りたいとスマホのシャッターを押してくれと頼まれた。

最初に声をかけられたとき、変なアンケートか何かかと思ったら違っていたので、安心して快く引き受けた(ちなみにスマホの画面におおきづちが出ていたので、ドラクエウォークとかをやっていたのかもしれない。いま思えば、おおきづちの話をすればよかったと悔やまれる)。

私が撮った写真を確認した快活なお兄さんが「いい思い出になります!ありがとうございます!」と非常に感謝してくれた。

と、2回とも私が人に親切にしたというかやってあげた出来事なのだけれど、内容的には大して手間も時間もかからないことなのに、どちらもすごく感謝された。そして、そのことで私も幸せな気持ちになった。

この気持ちはなんだろうと考えてみると、相手に喜んでもらえて嬉しい、役に立ててよかった、という気持ちだろうか。

親切にしたのは私だけど、その人たちから感謝されることによって、私もその人たちから幸福感をもらっている。多分、そのことを相手の人たちは気づいていないだろう。自分も、なにかしてもらってお礼を言うとき、そのお礼の言葉が相手を幸せな気持ちにしているなんて考えたことがない。

つまり、なにが言いたいかというと、してもらった方だけが受け取るわけじゃなく、した方も受け取っているんだな、と気づいたという話なのだ。

なにか、いまさらかもしれないけど、立て続けに小さな行為で感謝されたので、感謝をきちんと表現できるのっていいな、とも思った。

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