どこかで誰かがすすめていたので、図書館で本を借りた。
SF小説『星を継ぐもの』が面白くない
『星を継ぐもの』というSF小説で、Amazonのレビューもかなりよく、期待して読み始めた。
ところが、読みはじめてからけっこう進んでも一向に面白くならない。カタカナの名前ばかりだし(外国の小説だから当たり前だけど)、いろんな機関の名前が出てくるし、わかりづらいし読みづらい。内容にも興味が湧いてこない。途中から若干流し読みのようになりつつ、半分くらいまでなんとか読んだ。
そんなきのうの夜、夫は録画した『ランボー 最後の戦場』という映画を見ていた。私はアクション映画には興味がないので、夫がランボーを見ている隣で別のことをしていたが、どうやら夫は映画が面白くないらしく、手元のゲームに集中している。
「面白くないなら見るのやめれば? 時間がもったいないじゃん。ほかにも見る映画溜まってるのに」と言ったら「まあ、そうなんだけどさ。前の作品は面白かったんだよ」と、途中であきらめる踏ん切りがつかない様子だった。
そんなやりとりをしてはじめて、自分も同じことをしてることに気づいた。
自分にとってつまらない本なら途中でやめればいいんだ。なんで読みたくないものを無理してまで読んでいるんだろう。やっとあきらめて、『星を継ぐもの』を読むことをやめにした。もう読まない、と決めたらすっきりして、さっそく今日は図書館に行って返却してきた。
つまらなくても完読したかった理由
私は小説の場合、そんなに面白くないな、と思ってもほとんど最後まで読む。途中で少しずつ面白くなることもあるし、最後まで読んでまあまあだったかな、と思うこともあるからだ。もちろん、なんだかな〜、と思って終わることもあるが。
ただ今回はそれもできないくらい興味が持てなかった。だったらさっさとやめればいいのに、意地になって読み通そうとしていたのか考えてみた。多分、理由は
- 多くの人の評価が高いから
- せっかくここまで読んだのにもったいないから
つまり、多くの人が読んで面白かったと感じているのに悔しい。最後まで読めばもしかしたら私にも面白さがわかるかも、という執着心(あきらめの悪さ)。完全に人の意見に振り回されている。それにつまらない本をがんばってここまで読んだのに、最後まで読まないともったいないという気持ち。
考えてみればこれは、この間読んだ本『エッセンシャル思考』に書いてあったじゃないか。

『エッセンシャル思考 最少の時間で成果を最大にする』より抜粋
自分で選ぶという最強の武器を手に入れる
行動を取捨選択できるようになると、すべてが変わる。
不要なものを捨てる生き方は、自由だ。もう誰かの思惑に振りまわされることもない。自分で選べるのだ。
「もったいない」を克服する
高いお金を出してしまったのだから、使わなければもったいないと思うのは自然なことだ。だがその気持ちに流されると、すでに支払った無駄だけでなく、さらなる無駄を生むことになる。
今回のことで再確認したこと
また人の意見に左右されていた。
多くの人にとって面白い本でも、自分には面白くないこともある。素直にその気持ちを認めればいいだけ。人と違っても問題ない。人それぞれ。
面白くないのにさらに読めば無駄な時間が増えていくだけ。そんなことをするよりも、本当に自分が面白いと思える本を私は読みたい。
これって本だけじゃなく、食べ物や洋服、なんでもそうなのだろう。人がいいと言っているから、流行だから、それだけで選ばないように気をつけたい。
どう思っているのか自分に聞く習慣を少しずつ身につけよう。
コメント
たかおさん
ふふ、星を継ぐもの、挫折組ですね。なんだかうれしいです。
こんな記事を書いていたことすら忘れていましたが、たかおさんのコメントでエッセンシャル思考を思い出しました。
こちらこそありがとうございました。
今、星を継ぐものを読んでいる者ですが、同じような感想を持っている方がいないか検索したところ、ここに辿り着きました。
高評価、高価なものであっても執着せずに、自分に合うものを選択する考え方に共感し、自分もそうありたいと思いました。
ありがとうございました。